福井地方裁判所 昭和60年(行ウ)7号 判決 1987年12月25日
目次、略語表<省略>
原告
磯辺甚三
外三九名
右原告ら訴訟代理人弁護士
福井泰郎
松波淳一
八十島幹二
吉川嘉和
吉村悟
佐藤辰弥
丸井英弘
内山成樹
内藤隆
海渡雄一
鬼束忠則
福武公子
小島啓達
岡部玲子
被告
内閣総理大臣
竹下登
右指定代理人
横山匡輝
外二一名
主文
一 原告らの訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一編 当事者の求めた裁判
第一 原告ら
一 被告が、動力炉・核燃料開発事業団に対して、昭和五八年五月二七日になした、高速増殖炉「もんじゅ」にかかる原子炉設置許可処分は無効であることを確認する。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二 被告
一 本案前の申立
主文同旨
二 本案の申立
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二編 当事者の主張
第一章 請求の原因
別紙一記載のとおり
第二章 被告の本案前の主張
原告らの本件無効確認の訴えは、以下に述べるとおり、不適法であるから、却下されるべきである。
第一 法律上保護された利益の不存在
原告らは本件許可処分の無効確認を求めているが、原告らが本件許可処分により侵害されると主張する利益は法律上保護された利益ではないから、原告らは本件許可処分の無効確認を求める原告適格を有せず、本件無効確認の訴えは、この点において不適法であり、却下を免れない。
一 法律上保護された利益の意義
抗告訴訟の原告適格を有するとするためには、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者でなければならないと解するいわゆる法的利益救済説が判例上確立している。
すなわち、最高裁判所昭和五三年三月一四日第三小法廷判決(民集三二巻二号二一一ページ。以下「ジュース表示事件最高裁判決」という。)は、伝統的な法的利益救済説の立場を堅持することを確認し、同説のいう前記「法律上保護された利益」の意義に関して、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。」と判示し、更に、その後も、森林法に基づく保安林指定解除処分の取消訴訟(いわゆる長沼ナイキ基地訴訟)について同法二七条一項にいう「直接の利害関係を有する者」に該当する者の限度で原告適格を肯定し、その余の周辺住民の原告適格を否定した最高裁判所昭和五七年九月九日第一小法廷判決(民集三六巻九号一六七九ページ。以下「長沼ナイキ基地訴訟最高裁判決」という。)、農地法五条に基づく農地転用許可処分の取消訴訟について隣接土地所有者の原告適格を否定した最高裁判所昭和五八年九月六日第三小法廷判決(集民一三九号四五七ページ、判例時報一〇九四号二一ページ)及び伊達火力発電所に係る公有水面埋立免許処分等の取消訴訟について当該公有水面の周辺の水面において漁業を営む権利を有する者の原告適格を否定した最高裁判所昭和六〇年一二月一七日第三小法廷判決(昭和五七年(行ツ)第一四九号)が、いずれも法的利益救済説に立つことを明らかにしている。
二 法的利益救済説における行政法規の保護法益の解釈の方法
法的利益救済説の見地からは、原告らが本件許可処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であるか否かは、まず、原告らが本訴において本件許可処分により侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあると主張する生命、身体等の利益が、法律上保護された利益、すなわち、本件許可処分の根拠となった行政法規である原子炉等規制法二三条、二四条等の関係規定が原告らの個人的利益を保護することを目的として被告の右許可権限の行使に制約を課していることにより保障されている利益であるか否かによって決せられることになる。
そして、本件許可処分の根拠となった右原子炉等規制法の関係規定の保護法益を解釈するに当たっては、次に指摘するいくつかの基本的事項に留意しなければならない。
1 そもそも、前掲各最高裁判所判決をはじめとする多数の裁判例によって確立された法的利益救済説の考え方は、法律上保護された利益と反射的利益との峻別と並んで、公益と個人的利益との峻別をその方法論的特徴とするものであり、右の概念の区別は、法的利益救済説における基本的な意義、機能を有するものである。
もとより、公益といえども、その内容は、現在及び将来における不特定多数者に帰属する顕在的又は潜在的な利益の集積されたものと見ることもできるから、公益の概念自体は、究極的にはこれを個々人の利益に還元して考えることも論理上不可能ではないといえよう。しかしながら、抗告訴訟における原告適格の問題は、つまるところ主観訴訟としての抗告訴訟を客観訴訟としての民衆訴訟といかにして区別すべきかの問題ということができるのであって、原告適格の問題としての公益と個人的利益(更には法律上保護された利益と反射的利益)の概念は、この抗告訴訟と民衆訴訟との区別に関する法的利益救済説における基本的な判断枠組みを提供するものであり、その概念としての正当性はつとに判例によって承認されてきたところである。右の公益と個人的利益との区別をあいまいにすることは、とりもなおさず、法的利益救済説の提供する判断枠組みを形骸化し、ひいては、法的利益救済説そのものを否定することにほかならない。行政法規が公益を保護している場合、これを個人の利益にまで還元して、これをもって法律上保護された利益とみるべきものとすれば、あらゆる行政法規における公益保護規定は個人的利益をも保護したものと解することができることとなって、ひいては、国民、住民はどのような行政庁の処分に対しても法律上保護された利益を侵害されたものとして争訟を提起することが許されることとなり、事実上常に民衆訴訟を認めることになるのであって、それは主観訴訟と客観訴訟との区別を前提とする行訴法の建前を根本から否定することとなる。ちなみに、いわゆる利益救済説が、一部学説の唱道にもかかわらず、下級審段階においてもほとんど受け容れられるに至らなかったのも、右利益救済説においては、どのような生活利益がそのいうところの「保護に値する利益」に該当するか否かについての明確な判断基準を提供し得なかったからにほかならない。
2 一般に、公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分(本件許可処分も、これに該当する。)が、その根拠となった行政法規の規定に違反し、法の保護する公益を違法に侵害するものであっても、右公益に包摂される不特定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまるから、このような侵害を受けたにすぎない者は、右処分の無効確認を求めるについて原告適格を有しない。そして、例外的に、特に行政法規が、一般的公益と並んで、特定の者の個人的な利益をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを保護しているものと解される場合に限り、右処分により右利益を違法に侵害された特定の個々人につき、当該処分の無効確認を訴求する原告適格を肯認することができるのである。
3 本件における右の保護法益の解釈に当たっては、ジュース表示事件最高裁判決及び長沼ナイキ基地訴訟最高裁判決等の示すところに従い、本件許可処分の根拠となった原子炉等規制法の関係規定の具体的な規定内容に即して、権限行使の要件を定めその行使に一定の制約を課している法の趣旨、目的等についての右関係規定の合理的な解釈を通じて行うという方法によるべきである。
三 原子炉等規制法の関係規定の保護法益
以上の点を踏まえ、本件許可処分の根拠となった原子炉等規制法の関係規定の保護法益につき考察する。
1 原子炉等規制法は、原子炉の設置につき許可制を採り、原子炉を設置しようとする者は内閣総理大臣の許可を受けなければならない(同法二三条一項)とする一方、内閣総理大臣が右原子炉の設置許可処分を行うためには、当該申請が同法二四条一項一号ないし四号所定の各要件に適合するものであることを要するとして、内閣総理大臣の右許可権限の行使に制約を課している。そして、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定は、専ら、同法一条、二四条一項各号所定の一般的公益の保護を目的とするものであって、右の一般的公益と並んで原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを具体的に保護しようとする趣旨を窺わせる規定は一切存しない。
(一) すなわち、原子炉等規制法は、原子炉の利用が平和の目的に限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われることを確保し、あわせてこれらによる災害を防止して公共の安全を図るために、原子炉の設置及び運転等に関して必要な規制を行うこと等を目的とする(同法一条)いわゆる規制法の範ちゅうに属するものであって、右のような公益目的の実現のため、本来的には国民の自由な活動にゆだね得る原子炉の設置についても、許可制を採用する等の所要の規制を行うこととしているものである。したがって、当然のことながら、右許可の要件について定める同法二四条一項一号ないし四号の各規定も、以下に述べるとおり、いずれも専ら公益の保護を目的とするものであって、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないのである。
(1) 原子炉等規制法二四条一項一号は、「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。」を原子炉設置許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、我が国における原子力の研究、開発及び利用は平和の目的に限って行われなければならない(基本法二条、原子炉等規制法一条参照)からにほかならず、右一号への適合性の要求が、専ら右の公益の実現を目的とするものであって、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。
(2) 原子炉等規制法二四条一項二号は、「その許可をすることによって原子炉の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと。」を原子炉設置許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子力の開発及び利用の分野が広範かつ多岐にわたっており、また、その成果が得られるまでには長年月と多額の資金及び多数の人材を要するものであること等にかんがみ、原子炉の設置は長期的視野に立って計画的に行われなければならない(同法一条参照)からにほかならず、右二号への適合性の要求が、専ら右の公益の実現を目的とするものであって、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。
(3) 原子炉等規制法二四条一項三号は、「その者に原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があり、かつ、原子炉の運転を適格に遂行するに足りる技術的能力があること。」を原子炉設置許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子炉が高度の技術を集約して設置、運転されるものであり、かつ、原子炉の設置には多額の資金を要するものであることにかんがみ、主として原子炉の利用による災害の防止を、原子炉を利用する者の人的、組織的及び資金的な面から担保し、もって公共の安全を図ろうとする(同法一条参照)ものにほかならず、右三号への適合性の要求が、専ら右の公益の実現を目的とするものであって、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。
(4) 原子炉等規制法二四条一項四号は、「原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること。」を原子炉設置許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子炉の利用は、何よりも安全の確保を旨として、これによる災害を防止して公共の安全を図りつつ行われなければならない(同法一条参照)ことにかんがみ、主として原子炉施設の設計面からこれを担保しようとするものにほかならず、右四号への適合性の要求が、専ら右の公共の安全という公益の実現を目的とするものであって、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。原告ら主張のような原子炉施設の周辺住民等の個人的利益は、右四号の規定が保護する公共の安全という一般的公益に完全に包摂されるものであり、右公益が実現されることによって周辺住民等は均しく原子炉等による災害から必然的に保護されることとなるのであるから、右周辺住民等の個人的利益はまさに反射的利益にすぎない。したがって、右四号の規定の存在をもって、原子炉等規制法が右周辺住民等の個人的利益をも、右の公共の安全という一般的公益と並んで、右の公益中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益として具体的に保護しているものと解することは到底できないのである。
(二) また、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定中には、他に、同法の保護する右の一般的公益と並んで原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、具体的に保護しようとする趣旨を窺わせる規定は何ら存しない。
2 長沼ナイキ基地訴訟最高裁判決が、森林法の保護する自然災害の防止等の一般的公益のみならず、これと並んで、森林の存続によって不特定多数者の享受する生活利益のうち同法二七条一項にいう「直接の利害関係を有する者」の個人的な生活利益をも、右の一般的公益の中に吸収解消されないところの同法の保護する個別的利益であると解し、右「直接の利害関係を有する者」につき保安林指定解除処分の取消訴訟についての原告適格を肯認した理由は、同法が右「直接の利害関係を有する者」に対し、保安林の指定又は解除についての申請権を付与する等同法二七条一項、二九条、三〇条、三二条のような特別の規定を置いてその利益保護を図っていること、並びに、旧森林法において、右の者に保安林指定の解除処分についての訴願及び行政訴訟の提起を認めていた沿革が存在することの二点に尽きるのであって、仮に、右の森林法の各規定及び旧森林法時代からの沿革の存在がないものとすれば、右「直接の利害関係を有する者」につき、保安林指定解除処分の取消訴訟についての原告適格を肯認するに由ないものといわなければならない。
要するに、右長沼ナイキ基地訴訟最高裁判決の原告適格の判断において示された方法論の基本的特徴は、名宛人に対する授益的行政処分ないしは公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分の取消訴訟においては、第三者であるいわゆる周辺住民ないし付近住民の原告適格に関する判断を、当該行政処分の根拠実定法(森林法)に具体的に規定された概念(「直接の利害関係を有する者」)を基礎として、これについての関係規定の解釈を通じて行うという方法によっているところにあるということができるのである。
これに対し、本件許可処分は、原子炉の利用が平和の目的に限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われることを確保し、あわせてこれらによる災害を防止して公共の安全を図るという原子炉等規制法一条所定の公益目的を実現するための方法として同法が採用した原子炉の設置に係る一般的禁止を、個別的に解除する性質の処分であるから、保安林指定解除処分と同様、右最高裁判所判決のいう「公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分」に該当するものであり、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定を子細に検討しても、行政庁の右設置の許否の判断について、原子炉施設の周辺住民に対し、意見書等の提出権を付与したり、聴聞手続等への参加を保障する趣旨の規定を見出すことはできないし、いわんや、右許可後における当該許可の取消し(同法三三条参照)等についての申請権を付与するような規定を見出すことはできないのである。したがって、本件許可処分について原子炉施設の周辺住民に原告適格を肯認することはできないものである。
なお、従前の原子炉設置許可処分取消訴訟についての原告適格を肯定する各下級審判決の示す原子炉等規制法二四条一項三号、四号の規定の保護法益の解釈の方法は、形式的にはともかく、実質的にはジュース表示事件最高裁判決及びその後の前掲最高裁判所各判決等の確立した判例の採る解釈方法とは異質のものであって、右保護法益の解釈についての先例としての価値を有しないものというべきである。
3 以上のとおり、本件許可処分の根拠となった原子炉等規制法の関係規定は、専ら、同法一条、二四条一項各号所定の一般的公益の保護を目的とするものであって、右の一般的公益と並んで、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを具体的に保護しているものと解することのできないことは明らかであり、本件原子炉施設の周辺に居住するとする原告らが本件許可処分によって侵害されると主張する個人的な利益は、原子炉等規制法上保護された利益ではなく、同法の保護する右の一般的公益に包摂され、この公益の保護を通じて反射的に保護される利益にすぎないものであるから、原告らは、本件許可処分の無効確認を求める原告適格を有しない者であるといわなければならない。
四 利益侵害の不存在
原告らは、また、本件許可処分によりその主張の利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者ではないから、原告らは、この点においても、本件許可処分の無効確認を求める原告適格を有しない。
1 前述のとおり、処分の無効確認を求めるにつき原告適格を有するというためには、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者でなければならない(ジュース表示事件最高裁判決参照)。
しかして、右の原告適格を基礎付ける法律上の利益を構成する「利益侵害」は、もとより処分の事実上の結果では足りず、処分の法律上の効果としてのそれであることを要するものであることはいうまでもない。このことは、前記の法的利益救済説の立場からすれば自明のことであるが、例えば、長沼ナイキ基地訴訟最高裁判決も、このことを当然の前提としたところであり(民集三六巻九号一六九〇ページ以下、判決理由三項参照)、また、前掲農地法五条に基づく農地転用許可処分の取消訴訟についての最高裁判所昭和五八年九月六日判決及び前掲伊達火力発電所に係る公有水面埋立免許等の取消訴訟についての最高裁判所昭和六〇年一二月一七日判決の明示するところでもある。
2 そこで、本件についてみると、前述のように、原子炉等規制法は、同法一条所定の公益目的を実現するために、本来的には国民の自由な活動にゆだね得る原子力利用の分野について所要の規制を行ういわゆる規制法の範ちゅうに属するものであって、原子炉の設置許可処分は、申請者に対し、原子炉の設置に関する一般的禁止を申請に係る原子炉につき解除して、当該原子炉を適法に設置し得る自由を回復せしめる法律上の効果を有するものにすぎず、それ自体としては、当該原子炉施設の周辺住民等の第三者の法律上の地位に変動を及ぼす性質のものではない。
したがって、原告らが、本件許可処分によりその主張の利益を侵害される者でないことは明らかである。
また、以下に述べるとおり、原告らは、本件許可処分によりその主張の利益を必然的に侵害されるおそれがある者にも当たらない。
(一) 原子炉設置許可手続は、原子炉の利用に係る安全性を確保するために原子炉等規制法等が予定している規制手段のすべてではなく、同法等が定めている一連の段階的安全規制の体系全体の冒頭に位置する一手続にとどまるものであり、原子炉設置許可が与えられても、右の許可を受けた者は、同許可のみでは、原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転ができる地位を取得するものではない。すなわち、原告らが重大明白な瑕疵がある原子炉設置許可処分によって原子炉施設の周辺住民に生ずると主張する被害は、右許可によって直接生ずるものではなく、原子炉設置者の原子炉運転行為という事実行為がなされることによって、初めて生ずるおそれが出てくるという性質のものである。
本件原子炉施設の設置許可から運転に至る手続の概略を整理すれば、①原子炉を設置しようとする者が、内閣総理大臣の原子炉設置許可(原子炉等規制法二三条一項)を受けた後に、②工事に着手するためには、具体的な設計及び工事の方法について内閣総理大臣の認可を受けなければならず(原子炉等規制法二七条、更に、本件原子炉施設は電気事業法六六条二項の自家用電気工作物に該当するため同法七〇条に基づき具体的な工事計画について通商産業大臣の認可が必要である。)、そして、③原子炉の運転を開始するためには、内閣総理大臣の使用前検査を受けて、これに合格しなければならず(原子炉等規制法二八条)、また、保安規定を定め、これにつき内閣総理大臣の認可を受けなければならず(原子炉等規制法三七条)、更に、④運転開始後においても、一定の時期ごとに定期検査を受けなければならない(原子炉等規制法二九条)のである。
(二) 右のような、原子炉の利用に係る法的安全規制の体系から明らかなとおり、法律は、原子炉の利用について、これを段階的に区分し、それぞれの段階に対応して、設置の許可、設計及び工事の方法の認可、使用前検査、同合格、保安規定の認可、定期検査等の規制手続を介在せしめ、それぞれ原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の確保、原子炉施設の詳細設計に係る安全性の確保、原子炉施設の工事に係る安全性の確保、原子炉施設の実際の運転管理に係る安全性の確保等を図るものとしているのである。
(三) そして、前述のような本来的な法律上の効果を有する原子炉設置許可処分を、右のような原子炉の利用に係る安全性を確保するために原子炉等規制法等が規定している一連の段階的規制手続の体系に位置付けてその法的性質を考察するならば、右処分は、安全規制の機能面においては、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の確認にとどまるものであり、また、後続手続との関係においても、被許可者に対し、右の規制手続の次段階に進み得る地位、すなわち、設置許可を受けた原子炉について当該原子炉施設の詳細設計に係る設計及び工事の方法の認可申請をなし得る地位を付与するという前記の本来的効果に付随する一種の手続的効果が認められるにとどまるのであって、直接、これにより被許可者に当該原子炉の運転という事実行為を行い得る地位を付与する性質のものではない。もともと、申請者は、右の設置許可を得たとしても、右にみた後続の行政処分等に際しての審査を受けて合格しない限り、原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転という事実行為を行うことができる地位を取得することはできないものである。
(四) これを要するに、原告ら主張のような利益侵害は、もともと原子炉設置者の当該原子炉の運転という事実行為によって初めて生じ得るものであること、原子炉設置許可処分は、法的安全規制の機能面において、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の確認にとどまるものであり、これにより被許可者に対して、直接、当該原子炉の運転という事実行為を行い得る地位を付与する性質のものではないこと、原子炉施設の設計及び工事の方法の認可、使用前検査合格及び保安規定の認可という後続の行政処分は、右にみた原子炉等規制法等による原子炉の利用に係る段階的安全規制の体系に照らすと、それぞれ原子炉設置許可処分とは異なる独自の安全規制上の機能を有し、別異の要件に基づいてなされ別異の法律上の効果を有する、別個の行政処分であること等にかんがみれば、原子炉設置許可処分がなされても、その段階においては、事実上も、原告ら主張のような利益侵害なるものが発生するおそれがあるということはできず、その発生の蓋然性の有無、程度及びその具体的内容は、前記の後続行政処分ないしは事実行為をまたなければ確定することができない性質のものというべきである。いわんや、将来における右のような利益侵害をもって、原子炉設置許可処分の法律上の効果として必然的にもたらされる結果であるとすることは到底できないところである。
(五) なお、従前の原子炉設置許可処分取消訴訟についての裁判例は、右の処分による利益侵害を積極に解しているが、その理由付けは分明を欠くのであって、いずれの判決も、少なくとも、法律上の利益を構成する利益侵害とは、処分の事実上の結果では足りず、法律上の効果としてのそれであることを要することについて、正当な認識を欠いていることは明らかである。
第二 行訴法三六条の要件の欠如
原告らは、本件許可処分の無効確認を求めているが、原告らは、本件原子炉施設の設置、運転の差止めを求める民事訴訟等現在の法律関係に関する訴訟によって目的を達することができるのであるから、本件無効確認の訴えは、行訴法三六条の要件を欠き、この点においても不適法であり却下を免れない。
一 無効確認訴訟の補充性
1 まず、初めに確認しておかなければならないのは、行訴法三条四項及び三六条以下の定める無効等確認の訴え(以下、特に明示しない限り処分の無効確認の訴えについて述べる。)は、取消訴訟中心主義を採る行訴法の下において、かつ過去の法律関係の確認訴訟は例外的な場合にのみ許容されるとする民事訴訟及び行政事件訴訟を通じての訴訟法の一般原則の下において、例外的、補充的な訴訟であるということである。
行訴法に先立つ行政事件訴訟特例法(以下「行特法」という。)の下においては、各種行政事件訴訟の類型及びその相互の位置付けが明確でなかったために、十分な理論的吟味を欠いたまま、実務上必要以上に無効確認の訴えが許容されてきたといわれている。これに対し、現行の行訴法の制定に当たっては、右のように行特法時代の無効確認の訴えが、実務上いわば便宜的に幅広く許容されてきたことに対する反省の上に立って、前記のとおり無効確認の訴えが例外的、補充的訴訟として位置付けられたことは周知のとおりである。
したがって、行訴法の下において、無効確認の訴えは漫然と便宜的に認められるべきでなく、その要件が十分に吟味されなければならないことは当然である。
2 行訴法三六条をめぐる学説の対立とその意義
行訴法三六条の規定の解釈をめぐっては、種々の見解があるが、従来の学説の対立状況を評価するについては、右の学説の対立状況が行特法時代からの経緯、特に行訴法制定前後における立法論的な議論と密接な関連を有していること及び右各学説が念頭に置いている問題状況は農地買収処分をめぐる問題や課税処分をめぐる問題といった伝統的な行政処分を中心としたある程度限られた類型の紛争であって、今日生起し得る多様で複雑化した法律関係を包括的に検討した上でのものでは必ずしもなかったこと(特に本件のような周辺住民の提起するいわゆる環境行政訴訟を視野に入れたものでなかったことはいうまでもない。)に留意する必要がある。例えば、無効確認が求められている当該処分と後続処分との関係が問題とされるが、この関係は極めて多様であり、かつ当該処分及び後続処分に対して当該原告が有している利害関係も極めて様々な類型、態様のあり得るところであり、更に、当該処分と「現在の法律関係」との関係も極めて多様であって、従来の学説の対立の理論的枠組みが果たして右のような多様な法律関係に対して包括的に妥当するものであったかは疑問の存するところである。
3 最高裁判所昭和五一年四月二七日第三小法廷判決(民集三〇巻三号三八四ページ。以下「最高裁昭和五一年判決」という。)及びその射程距離について
(一) 最高裁昭和五一年判決は、「納税者が、課税処分を受け、当該課税処分にかかる税金をいまだ納付していないため滞納処分を受けるおそれがある場合において、右課税処分の無効を主張してこれを争おうとするときは、納税者は、行政事件訴訟法三六条により、右課税処分の無効確認を求める訴えを提起することができるものと解するのが、相当である」と判示して租税未納付の場合における課税処分の無効確認の訴えの適法性を肯定したものであるが、右判示以上に行訴法三六条についてどのような見解を採るものかを明らかにしたものではない。
もとより、最高裁昭和五一年判決が右事案において、右の結論を採ったことは、右事案が「現在の法律関係に関する訴え」として租税債務不存在確認の訴えという公法上の当事者訴訟の提起が可能と考えられる事案について当該処分無効確認の訴えの適法性を肯定したのであるから、右判決は、現在の法律関係に関する訴えに還元することが可能であれば、それだけで無効確認の訴えの利益を否定する見解(以下「法律関係還元説」という。)は採っていないと解されるし、また、右租税債務不存在確認訴訟の認容判決には関係行政庁に対する拘束力が認められている(行訴法四一条一項、三三条一項)にもかかわらず当該処分無効確認の訴えの適法性を肯定したから、当該処分無効確認判決の拘束力によって同一処分を防止する必要がある場合は行訴法三六条後段の「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」場合にあたると解する見解(以下「拘束力説」という。)も採っていないと解されるけれども、被告は、右法律関係還元説や拘束力説に依拠しているわけではないから、被告の主張が最高裁昭和五一年判決によって否定されるものでないのは明らかである。
(二) 次に、原告らは、最高裁昭和五一年判決の射程距離については、課税処分の問題に留まらず、一般的に後続処分の防止を目的とする予防的無効確認訴訟につき、「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することが」可能であることを理由として無効確認訴訟を否定することはしないという趣旨であると解することについて異論はない旨を主張するが、このように解する根拠はなく、まして右のように解することについて「異論がない。」というのは原告らの独断である。
(三) そして、一般に、民事訴訟において、確認訴訟は紛争の予防的機能を有しているとされており、また行訴法三六条前段は、「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」が無効等確認の訴えを提起できる場合があることを明定しており、そのような場合に無効等確認訴訟は続行処分の予防訴訟的機能を有しているということができるであろうから、右のような意味において無効等確認訴訟が予防訴訟的機能を有していることは、最高裁昭和五一年判決を引き合いに出すまでもなく、自明のことである。
原告らは、「予防的無効確認訴訟」という言葉を再三用いて、それによって、被告の主張に対する反論を行ったつもりのようであるが、抽象的に「予防的無効確認訴訟」といってみても、それ自体で特段意味のあることではない。
(四) 更に、原告らは、最高裁昭和五一年判決の立場は、「予防的無効確認訴訟の本質ないし目的を、端的に「後続処分の阻止」それ自体に置き、同訴訟に「現在の法律関係に関する」民事訴訟等とは別個かつ独自の存在意義を見出すところにその特徴がある。」旨を理由なく主張し、加えて、「予防的無効確認訴訟の趣旨は、無効な行政処分につき、未だこれに続く処分が存する場合には、当該後続処分の阻止という独自の目的のために、先行処分それ自体を争う訴訟類型を認めようというところにあり、物権的請求権としての妨害予防請求権等に基づく民事訴訟とは本来制度趣旨が異なるのであるから、同訴訟の必要性を、民事訴訟の存在を理由として否定したり、同訴訟を、民事訴訟との関係で、補充的、例外的と考える理由は全く存しない」旨を主張する。
しかし、そもそも「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれ」がある場合に無効確認の訴えが許容されるのは、そのような場合に、現在の法律関係に関する訴えを提起することができないことが多いからか、又は当該事案において現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないからにほかならないのであって、後述するとおり、本件のように現在の法律関係に関する訴えが存し、かつそれによって十分目的を達することができる場合に、過去の法律関係を対象とする無効確認の訴えを許容する理由はないというべきである。
(五) なお、原告らは、「抗告訴訟と民事訴訟は、訴訟の対象、勝訴の要件及び効果、利点、欠点が異なり、各要件をみたすかぎり、いずれも許容されるべき」である旨を主張しているが、一般論として抗告訴訟と民事訴訟とが一各要件をみたすかぎり、いずれも許容されるべき」であることはいうまでもないが、本件では無効確認の訴えはその要件を満たさないものである。もっとも、右原告らの主張は、同一の事項について広く抗告訴訟と民事訴訟との併用を肯定しようとする見解とも解されるが、判例上は右のような併用が認められたことはなく、現行法の解釈上右のような併用を肯定する見解を採るべきではない。
4 まとめ
以上のとおり、行訴法三六条のうち、「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」、「当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」、「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」の各要件を理論的にどのように位置づけるかについては、従来の学説上定説がないのみならず、学説の対立の理論的枠組みの正当性にも疑問が存する上、判例上も右各学説の位置付けに従って判断されているとはいえない状況にあることにかんがみ、かつ行訴法三六条の問題は、結局、行政処分の無効等確認の訴えが過去の法律関係を対象とする例外的、補充的訴訟であることを前提としつつ、それが当該紛争を実効的に解決するための有効・適切な手段であるか否かを現在の法律関係についての他の訴訟類型とも比較しつつ判定するという問題であることに照らして、以下においては、本件無効確認の訴えが右のような意味において本件紛争の有効・適切な解決手段であるかを検討し、本件無効確認の訴えの適法性を肯定することは行訴法三六条の趣旨に適合しないものであることを明らかにすることとする。
二 本件許可処分と後続処分との関係
本件許可処分は原子炉等規制法二三条一項四号が規定する内閣総理大臣の原子炉設置許可であるが、本件原子炉施設を設置、運転するためには、右原子炉設置許可を受けたのみでは足りず、更に原子炉等規制法二七条に基づき、原子炉施設の工事に着手する前に、原子炉施設に関する設計及び工事の方法について内閣総理大臣の認可(以下「設計等の認可」という。)を受けなければならないものであることは既に述べたところである。
右の設計等の認可は本件許可処分との関係においては一連の手続のうちの後続処分ということができる。
そこで、右設計等の認可との関係で、本件において原告らは、行訴法三六条前段の「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」に当たるか否かという問題が生ずる。
ここで注意しなければならないのは、仮に行訴法三六条前段を根拠に無効確認訴訟が後続処分を未然に防止するという予防訴訟的機能を有することがあるとの見解を採るとしても、それは後続処分を受けること自体によって当該原告が損害を被るため後続処分を予め防止する必要があるにもかかわらず、後続処分も一個の行政処分である以上、行政庁の第一次的判断権の尊重という観点から本来事前にその後続処分の発動を差し止めるような訴訟は無名抗告訴訟としてであれ、原則的に許されないが、後続処分がなされてしまうと損害が生じてしまい事後的な救済では救済が不十分であることから、右のように先行処分が無効な場合には、例外的に先行処分の無効確認訴訟を許容し後続処分の予防訴訟的な機能を無効確認訴訟に果たさせようとするものにほかならないということである。
すなわち、例えば無効確認訴訟が許される課税処分とその後続処分である滞納処分との関係を見ると、課税処分が無効であるにもかかわらず、後続の滞納処分がなされると、当該名宛人の財産が差押えられる等して滞納処分を受けたこと自体によって直ちに損害を受けるのであって、滞納処分に対する取消訴訟では救済が遅きに失し、滞納処分を事前に差止める無名抗告訴訟は仮に許容される余地があるとしても例外的なものにすぎないものであることから、課税処分が無効である場合に後続の滞納処分を予防するために例外的に予防訴訟的機能を有する訴訟として端的に課税処分の無効確認訴訟を許容する(なお、場合によっては課税処分の執行が停止(行訴法三八条三項、二五条)されることもある。)ことに合理性が認められるのであって、最高裁昭和五一年判決も右のような趣旨で理解し得るものである。
これに対し、本件の場合について見ると、本件許可処分の後続処分である設計等の認可がなされても、それ自体によって原告らに損害が生ずるものではなく、原告らに損害が生ずる余地があるとすれば、それは原子炉設置者が現実に原子炉施設を設置して運転することによるものであって後続処分である設計等の認可を事前に防止しなければ原告らに損害が生じてしまうという関係にはなく、むしろ、直接的に現実の原子炉施設の運転行為を事前に差止める必要があるのであれば例えば物権的請求権としての妨害予防請求権に基づく民事訴訟が予定されているのである。
したがって、本件許可処分がその後続処分として設計等の認可を予定しているからといって、本件無効確認の訴えを提起した原告らが行訴法三六条前段の「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」に当たると解する根拠はないといわなければならない。
三 本件無効確認の訴えと「現在の法律関係に関する訴え」
原告らにおいて、本件原子炉施設の設置、運転によって原告らの権利が侵害されると主張するのであれば、端的に原告らの有する権利に基づいて、本件原子炉施設の設置、運転の差止めを求める民事訴訟(例えば所有権に基づく妨害予防訴訟あるいは、現実の原子炉施設の運転開始後においては妨害排除訴訟)という「現在の法律関係に関する訴え」が用意されているのである。そして、原告らが現に訴外動燃に対して提起している差止請求も、原告らが主張する人格権、環境権が差止請求権の根拠となり得るものでないことをおくとすれば、右類型の民事訴訟ということができるであろう。そこで、以下において、本件許可処分の無効確認訴訟と差止民事訴訟とを比較し、いずれが本件紛争を有効かつ適切に解決し得るものであるかについて検討し、もって本件無効確認の訴えが行訴法三六条後段の「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」に該当しないことを明らかにすることとする。
原告らが本件訴訟において主張していることは、要するに、本件原子炉施設は危険であって、これが設置、運転されると本件原子炉施設から放出される放射性物質等によってその周辺に居住する原告らに被害が発生するということである。
ところで、一般に原子炉施設を含めて、何ぴとかが何らかの施設を設置する場合において、その施設が周辺住民に被害を及ぼすことのないようにその安全性を確保する全面的かつ第一次的責任を負うのは当該施設の設置者であることはいうまでもなく、当該施設の安全性について行政庁が法律に基づいて規制、監督を行う場合においても、その規制、監督が、例えば原子炉施設については極めて厳重に行われているといっても、右のような原子炉設置者の第一次的安全確保責任を肩代りするものでないことはいうまでもなく、法律が行政庁の規制、監督に果たさせている役割は一定の限界があり、特に個別の法律に基づく個々の行政処分が果たすべき役割は、その行政処分の要件の審査の対象として法律が予定している事項が限られていることから当然その範囲に限定されることはいうまでもない。
これを本件許可処分についてみれば、まずその根拠法令である原子炉等規制法自体の性格からして、原子炉施設の安全性にかかわる事項のうち、原子力固有の事項を対象としていることから、原子力固有の事項でないもの、例えば、本件原子炉施設から排出される温排水の熱的影響のような火力発電所でも同様に生ずる事項は本件許可処分の審査の対象として原子炉等規制法が予定するものではないのである。
また、原子炉施設の設置に直接、間接に関連する事項であっても、原子炉設置許可の際にそのすべてが審査の対象となるのではなく、原子炉等規制法は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用につき、これを各種分野に区分し、それぞれの分野の特質に応じて、それぞれの分野ごとに一連の所要の安定規制を行うという方法に基づいてその体系が構成されているのである。すなわち、同法は、①第二章の各規定によって製錬の事業に関する一連の規制を、②第三章の各規定によって加工の事業に関する一連の規制を、③第四章の各規定によって原子炉の設置、運転等に関する一連の規制を、④第五章の各規定によって再処理の事業に関する一連の規制を、⑤第六章の各規定によって右の各章の規定の適用を受けない核燃料物質等の使用等に関する一連の規制をそれぞれ行うこととし、これにより同法一条所定の目的を実現しようとしているのである。したがって、原子炉設置許可手続を、右のような原子炉等規制法における原子力の利用に関する安全規制の体系の中に位置付けて、いわば横断的な観点から、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項を考察すれば、それが、原子炉施設自体の安全性に直接関係する事項にのみ限られるものであることは明らかである。このことから、例えば、本件原子炉施設に核燃料物質を搬入する際の安全性のごときは、本件許可処分に際しての安全審査の対象となるものではなく、別途原子炉等規制法五九条の二等に基づいて規制されるのである。
また、右の原子炉施設自体の安全性に直接関係する事項であってもそのすべてが原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となるのではなく、前記のとおり原子炉等規制法は段階的安全規制を採用し、原子炉設置許可の後続処分として前記の設計等の認可(同法二七条)を要求し、この認可の段階において原子炉施設の詳細な設計に係る安全性を審査すべきものとしていることからすれば、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となるのは原子炉施設自体に直接関係する事項のうち、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性のみであることは明らかである。
このように、原子炉設置許可に際しての安全審査は、それが、行政庁による安全規制が本来的に有している前記のような二次的な性格からする一般的な限界のほかに、右のような原子炉等規制法の体系の中での原子炉設置許可の位置付け、機能分担の見地からする事項的な限界を有していることが留意されなければならない。
しかして、本論に戻って、本件原子炉施設の周辺住民たる原告らが本件原子炉施設によって被害が発生する蓋然性が存すると主張する本件紛争の有効、適切な解決のために、本件許可処分の無効確認訴訟と本件原子炉施設の設置、運転差止めを求める民事訴訟のいずれがより実効的な解決手段であるかを見るとき、行政庁のする原子炉設置許可というものが、右に見たとおり、原子炉施設の安全確保に関連する機能全体の中において極めて限定された機能を有するにすぎないことから、本件許可処分の無効確認訴訟において審査される事項も極めて限定され、したがって、右に述べたような本件原子炉施設による周辺住民に対する被害発生の蓋然性の有無という本件紛争の本体的内容の解決のため果たし得る役割も限られたものにすぎない。
これに対し、訴外動燃を相手方として、本件原子炉施設の設置、運転の差止めを求める民事訴訟はまさに周辺住民たる原告らが、原子炉施設を自ら設置、運転し、その安全性の確保につき第一次的かつ全面的な責任を負う立場にある原子炉設置者を相手とし、当該原子炉施設によって原告らに被害発生の蓋然性が有るか否かを直接の争点とするものであって、本件紛争の解決のための有効、適切な手段であることは明らかなところである。
したがって、右のような端的かつ実効的な「現在の法律関係に関する訴訟」が用意されている以上、例外的、補充的訴訟としての本件無効確認訴訟を許容する理由は全く存しないといわなければならない。
また、以上のことは行政事件訴訟における司法審査の方法という観点からも容易に理解し得るところである。
すなわち、原子炉設置許可処分は、許可権者である内閣総理大臣において検討すべき内容及びその許可要件を定める原子炉等規制法二四条一項各号の文言に照らして、広汎かつ高度な原子力行政に関する政策的事項についての総合的判断と原子炉施設の安全性についての専門技術的判断とに基づいてなされるところの裁量処分であることはあきらかであって、このような裁量処分に対する行政事件訴訟における司法審査の方法は、裁判所が行政庁と同一の立場に立って直接的かつ全面的な審査を行ういわゆる司法判断代置方式によるのではなく、行政庁の判断を前提にその判断過程に著しい不合理があって裁量権の逸脱、濫用に当たる事由があるか否かを審理する(なお、これが取消訴訟における行政処分の取消原因たる瑕疵の存否の審理であり、無効確認訴訟では更にその瑕疵が重大、明白であるか否かが審理の対象であることはいうまでもない。)ものである。
右のように行政事件訴訟における司法審査の方法という面から見ても、本件無効確認訴訟は、本件原子炉施設から原告らに対する被害発生の蓋然性の有無を直接の審理の対象とするものではなく、それとは全く異なった視点から極めて限定された審査をするものにすぎず、これに対し、本件原子炉施設の設置、運転の差止めを求める民事訴訟は原告らに対する被害発生の蓋然性の有無を直接の審査の対象とするものであって、本件紛争のより直接、簡明な解決手段であることは明らかである。
以上のとおり、原告らは、行訴法三六条後段の「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」にも該当しないから、本件無効確認訴訟の訴えの利益を有せず、本件無効確認の訴えは不適法として却下を免れない。
第三章 被告の本案前の主張に対する
原告らの反論
第一 本件許可処分の無効を求めるについての法律上の利益について
一 はじめに
被告は、原告らが本件許可処分によって侵害されると主張する利益は法律上保護された利益ではないから、原告らは本件許可処分の無効確認を求める原告適格を有しないとして本件無効確認の訴えの却下を求めているのでこの点について次のとおり主張する。
二 法的利益救済説に対する批判
1 行訴法九条、三六条は抗告訴訟の原告適格として「処分等の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」あるいは「処分等の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」であることを求めている。被告は右「法律上の利益」を権利又は法律上保護された利益の意味であるといういわゆる法的利益救済説を固執し、判例上も確立していると主張しているが、このように狭義に解する理由は全くない。
抗告訴訟は違法な行政処分によって侵害される権利、利益を保障するという考えから作られた制度であるから、実体行政法規によって明文上保護された権利又は法的利益を侵害された者が原告となりうるのは当然であるが、それ以外にも実体行政法規には規定されていない事実上の利益が侵害を受けた場合であっても、侵害の結果生ずる原告の不利益が直接的または重大であってその危険や不安を除去する必要があると見られる場合にも先の場合と同様、原告適格を認められるべきである。この意味でいわゆる法的保護に値する利益説が正しいといえる。
2 このように解せず、被告が主張するように権利又は法律上保護された利益を厳しく限定するのは、すべての行政法規がその目的ないし立法技術上の考慮から直接国民の権利又は利益を保護する明文の規定を置いているとはいえないため、多くの場合国民の救済の途を閉ざす結果となり不当である。最高裁判決も文言上は法的利益救済説を採用しているとされているが、実質的にはこのような配慮から実体行政法規がその権利又は利益を保護しているかの判断において弾力的に解釈して原告適格を肯定せざるを得なくなってきている。
被告が原告らの利益を単なる反射的利益と決めつけ原告適格なしと主張するのは、抗告訴訟の本質を無視するものである。
三 法的利益救済説によっても原告適格は肯定される
この法的保護に値する利益救済説が今日では学説上通説となっているが、裁判上もまた、法的利益救済説に依りながら各行政法規の個別的解釈のうえで法的保護に値する利益説とさして変らない結果を導き出している判決例が少なくない。
仮に行訴法九条、三六条にいう「法律上の利益を有する者」につき、これを法律上保護された利益を侵害された者と解するとしても、右にいう法律上保護された利益の内容については、法律の特定条項のみによらず、当該法律全体、更には憲法をはじめとする法体系全体に照らして周到な考察をすべきことはいうまでもない。
以下、この点を本件に即して具体的に明らかにすることとする。
1 平和利用目的への限定と原告適格
基本法二条は、原子力の研究、開発及び利用は、平和目的に限るものとし、また、原子炉等規制法一条は、原子炉の利用を平和の目的に限定することを同法の目的の一とし、更に、同法二四条一項一号は「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと」を使用許可の要件とする。これらの規定は、憲法に示された個々人の平和のうちに生存する権利、利益を確保することを目的とし、特に軍事目的に利用されやすい原子力の性質にかんがみ、これを具体的に規定したものである。
また、非平和目的の原子炉が設置運転されるときは、必然的に外部からの攻撃の対象とされることになる。イスラエルがイラクの原子炉に対し、一九八一年六月七日、核兵器製造用であるとして奇襲爆撃した事実は、この可能性が現実的な可能性であることを示すものである。このような事態となれば、原子炉施設の付近住民もまた右攻撃の危険にさらされることになり、更には原子炉等が攻撃により破壊された場合における核燃料物質、核分裂生成物等の放射性物質若しくはこれによって汚染された物による重大な災害の危険にさらされることとなる。したがって、法による平和目的への限定は、とりわけ原子炉施設付近住民の平和と安全のうちに生存する具体的な権利、利益の確保をも目的とするものである。
2 原子力開発及び利用の計画的遂行と原告適格
原子炉等規制法一条は、原子炉の利用が計画的に行われることを確保することを同法の目的の一とし、同法二四条一項二号は「その許可をすることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと」を原子炉設置許可の要件とする。これについて被告は、原子力の開発及び利用の分野が広範かつ多岐にわたっており、多年にわたり多額の資金と多数の人材を要することになるから、長期的視野に立って計画的に行わなければならないからであるとし、要するに経済的目的によるものであるとするが、このように限定する理由はない。
核原料物質及び核燃料物質の利用全体についてみれば、その採掘若しくは国内搬入から使用、再処理を経て廃棄物の処分に至るまでの全過程において、技術的、経済的な見通しを持った計画性が確保されないままにその利用が行われるときは、右物質やこれによって汚染された物が右いずれかの段階に集中することになり、これによる災害の危険が避け難いものとなることは明らかである。
また、ある特定の原子炉についてみても、その建設から運転を経て廃炉に至るまでの全経過において、技術的、経済的な見通しを持った計画性が確保されないままにその設置運転が行われるときは、原子炉付近住民は、これまた核燃料物質等やこれによって汚染された物による災害の危険にさらされることも明らかである。法による計画的遂行の確保は、付近住民の生命、身体及び財産に対するかかる危険を防止することをも重要な目的としているのである。
3 災害の防止、技術的能力等と原告適格
(一) 基本法二条は、原子力の研究、開発及び利用は安全の確保を旨とすべきものとし、また、原子炉等規制法一条は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉による災害を防止することを同法の目的の一とし、更に同法二四条一項四号は、「原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること」を、また、同条同項三号は、「原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があり、かつ、原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること」をそれぞれ原子炉設置許可の要件としている。
被告は、公益と個人的利益とを峻別すべきであるとし、これらの規定は専ら公共の安全という公益の実現を目的とするものであって、原子炉施設周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないと主張するが、しかし、何故に公益と個人的利益を峻別しなければならないのか、何故にこれらの規定が公益の保護のみを目的とし、個人的利益の保護を目的としないと解すべきなのかにつき、何ら実質的な理由を示し得ていない。
原子炉から生ずる災害によって害される周辺住民の利益は、個人的利益としてみても後述するように極めて重大な利益であり、法がこれを単に公益的見地からのみ保護しようとしているものとは解しえず、個人的利益の見地からみてもこれを保護しているものと解さなければならない。
したがって、前記規定は、物的施設、人的組織の両面から原子炉等による災害を防止することを目的とするものであり、右災害によって侵害される個々の住民の、生命、身体及び財産上の安全をも保護法益とするものであることは明らかである。
(二) また、原子炉等規制法二四条一項四号が、原子炉施設の「位置」が災害防止上支障のないことを要件としていること、同法の付属法規である原子炉規則一条の二第七号、一条の三第一項五号、二項六、七、一〇号、告示二条、一〇条一項及び同法二四条一項四号の解釈について事実上重要な意義を有する安全設計審査指針、原子炉立地審査指針、気象指針等はいずれも原子炉施設周辺における放射線被曝を軽減し、右施設周辺住民が原子炉事故による災害を受けることを防止することを重要な目的としていることからも原子炉等規制法が右災害によって侵害される個々の住民の生命、身体及び財産上の安全を保護法益としていることが理由づけられる。
(三) 右の結論は、原子炉等規制法と公害対策基本法との対比上からもその根拠を見い出すことができる。
すなわち、原子炉等規制法の目的は、同法一条に規定するとおりであり、同法二四条一項三、四号の要件の目的は前記のとおりであるところ、同法は、基本法二〇条の「放射線による障害を防止し、公共の安全を確保するため、放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その他保安及び保健上の措置に関しては、別に法律で定める」との規定を受けて制定されたものであって、同法の精神にのっとって制定されたものである。しかも、右両法は、国民の健康保護と生活環境の保全とを目的(公害対策基本法一条)として制定された公害対策基本法八条の「放射性物質による大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法その他の関係法律で定めるところによる」との規定を受けての法律である。したがって、以上の各法規の法体系上の位置からすれば、原子炉等規制法二四条一項四号の目的とするところは、公害についての国の基本的政策を示した法律であってこの下に位置付けられる公害規制のための諸法規の解釈基準としての法的性格を持つ法律である公害対策基本法の目的とするところと同一であると解される。そして、同法は、関係する個々人の利益を全体としてとらえたとも解される「生活環境の保全」という目的のほかに、「国民の健康保護」をも目的としており、右にいう「国民の健康」とは、全体としての国民の健康というよりは具体的に健康を害される個々の国民たる個人の健康を指しているというべきであるから、同法は具体的な個々人の権利、利益をも保護していると解される。そこで、原子炉等規制法二四条一項四号も、公害対策基本法と同様、個々の住民の個人的利益としても保護している、すなわち、周辺住民の生命、身体等をも保護目的としているといえるのである。
(四) よって、仮に法的利益救済説の立場に立つとしても、本件許可処分の対象とされた原子炉施設の近隣に居住する原告らに、本件許可処分の無効確認を求める原告適格が存在することは明らかである。
(五) 以上と同様の理由により、従前の原子炉設置許可処分取消訴訟についての下級審判決、すなわち、伊方発電所(一号炉)についての松山地方裁判所昭和五三年四月二五日判決及びその控訴審判決である高松高等裁判所昭和五九年一二月一四日判決、福島第二原子力発電所についての福島地方裁判所昭和五九年七月二三日判決、東海第一発電所についての水戸地方裁判所昭和六〇年六月二五日判決は、いずれも原子炉施設周辺住民の原告適格を肯定している。
四 現実化した周辺住民の被害
原告らはいずれも本件原子炉施設周辺の住民であり、右施設から直線距離にして数キロないし六〇キロメートルの範囲に居住している。したがって、原子炉の平常運転時においても一定の量を超える放射性物質の放出が続けば、原告らのごとき原子炉施設周辺に居住する者が放射線による被曝の結果、健康を害するおそれのあること及び原子炉の炉心溶融や格納容器の破壊等の災害が発生し、大量の放射線の放排出があれば、原告らの多くの者が放射線被曝により死亡若しくは発病することとなるおそれのあることは、いずれも経験則上明らかである。ことに請求の原因で述べたように昭和六一年四月に発生したソビエトのチェルノブイリ原子力発電所の事故によって更にそれよりも広範囲の住民及び環境に重大な影響を及ぼすことが歴史的事実としても明確になった。
第二 行訴法三六条の要件の充足について
一 予防的無効確認訴訟の許容性
1 無効な行政処分について、未だこれに続く処分(後続処分)が存する場合に、当該後続処分の阻止を目的として、既になされた先行行政処分それ自体を争う訴訟類型が「予防的無効確認訴訟」であるところ、右訴訟が許容されるためには、特に行訴法三六条後段の「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り」との要件が必要か否かについて、種々の見解が対立していた。
2 右予防的無効確認訴訟について最高裁昭和五一年判決は、「納税者が、課税処分を受け、当該課税処分にかかる税金をいまだ納付していないため滞納処分を受けるおそれがある場合において、右課税処分の無効を主張してこれを争おうとするときは、納税者は、行政事件訴訟法三六条により、右課税処分の無効確認を求める訴えを提起することができるものと解するのが、相当である。」旨を判示して、いわゆる二元説(行訴法三六条前段前半の「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」については前記後段の要件は不要であるとする立場をいう。)又はいわゆる一元説(同条前段前半の「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」であっても、また、同条前段後半の「当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」であっても前記後段の要件を必要とする立場をいう。)の中の目的達成説(前記後段の要件のうちの「目的を達する」との文言に予防訴訟的機能を含ましめ、現在の法律関係に関する訴えに還元することが可能であっても、それによっては目的を達することができない場合には右要件が充足されるとする見解。)と呼ばれる見解を採ることを明らかにした。
3 そして、最高裁昭和五一年判決の射程距離については、課税処分の問題に留まらず、一般的に後続処分の防止を目的とする予防的無効確認訴訟につき、「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することが」可能であることを理由として無効確認訴訟を否定することはしないという趣旨であると解することについて異論はない。
したがって、当該行政処分の無効を前提とする「現在の法律関係に関する訴訟」を原則的訴訟形式とし、無効確認訴訟をその補充的例外的な訴訟形式として制限すべきだという被告の主張は、こと予防的無効確認訴訟に関する限りはそれ自体誤りである。
4 ところで、最高裁昭和五一年判決の立場は、予防的無効確認訴訟の本質ないし目的を、端的に「後続処分の阻止」それ自体に置き、同訴訟に「現在の法律関係に関する」民事訴訟等とは別個かつ独自の存在意義を見出すところにその特徴があり、無効な行政処分(先行処分)につき、未だこれに続く処分(後続処分)が存する場合には、「現在の法律関係に関する訴え」の可否とは関係なく、当該後続処分の阻止という独自の目的のために、「紛争の根源」である当該先行処分それ自体を争う独自の訴訟類型を認めようとするものである。
被告は、原子炉施設の運転行為による損害を事前に防止するためには、物権的請求権としての妨害予防請求権に基づく民事訴訟等が予定されている旨を主張するが、前述したように、予防的無効確認訴訟の趣旨は、無効な行政処分につき、未だこれに続く処分が存する場合には、当該後続処分の阻止という独自の目的のために、先行処分それ自体を争う訴訟類型を認めようというところにあり、前記民事訴訟とは本来制度趣旨が異なるのであるから、同訴訟の必要性を、民事訴訟の存在を理由として否定したり、同訴訟を、民事訴訟との関係で、補充的、例外的と考える理由は全く存しない。
二 行訴法三六条前段の該当性について
原告らは、次に述べるとおり、本件許可処分に続く処分(後続処分)により損害を受けるおそれのある者は該当するから本件訴えの原告適格を有する。
1 本件許可処分の後続処分の内容と性格
(一) 後続処分の内容
(1) 本件許可処分に関し、原子炉等規制法上の後続処分として以下の各処分が予定されている。
① 原子炉施設工事に着工するために必要な処分
設計及び工事方法についての内閣総理大臣の認可(設計及び工事方法の認可、同法二七条)
② 原子炉を使用し、運転を開始するために必要な処分
原子炉施設の工事及び性能についての内閣総理大臣の検査とこれの合格(使用前検査・合格、同法二八条)
原子炉の保安規定についての内閣総理大臣の認可(保安規定の認可、同法三七条)
③ 原子炉を継続的に使用、運転するために必要な処分
原子炉本体などについては内閣総理大臣の毎年一回の定期検査(同法二九条)
(2) 右の各後続処分のうち、予防訴訟としての本件無効確認訴訟にとって有意的と思われる右①②の各処分の審査内容等は次のとおりである。
① 設計及び工事方法の認可
イ原子炉本体、ロ核燃料物質の取扱施設及び貯蔵施設、ハ原子炉冷却系統施設、ニ計測制御系統施設、ホ放射性廃棄物の廃棄施設、ヘ放射線管理施設、ト原子炉格納施設、チその他原子炉の付属施設についての設計(詳細設計)及び工事の方法
イ圧力容器、熱交換器、管等の耐圧強度、ロ燃料体、減速材等の耐熱、耐放射線等の強度、ハ放射線しゃへい、ニ原子炉施設の耐震性、ホ炉心の核的設計及び熱的設計、ヘ安全弁及び逃がし弁の吹出量、ト核燃料物質貯蔵施設の核燃料物質の臨海防止、チ制御設備の制御能力、リ前各号に掲げる事項のほか、長官が必要と認める事項についての計算結果(以上、「試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に関する規則」。)。
② 使用前検査・合格
原子炉施設の性能に関する事項、その他(試験炉規則三条の四)。
右使用前検査は、原子炉施設の工事が前記の認可を受けた設計及び記載された仕様どおり発揮されることなど、技術上の基準に適合していることが確認された場合に合格とされ(原子炉等規制法二八条二項、試験炉規則三条の五)、この場合使用前検査合格証が交付される(試験炉規則三条の六)。
③ 保安規定の認可
イ原子炉施設の運転に関すること、ロ原子炉施設の運転及び利用の安全審査に関すること、ハ被曝放射線量、放射性物質の濃度及び放射性物質によって汚染された物の表面の放射性物質の密度の監視並びに汚染の除去に関すること、その他(試験炉規則一五条)。
右保安規定が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分でないと認めるときは、内閣総理大臣はこれを認可することができないとされている(原子炉等規制法三七条二項)。
(二) 後続処分の性格
(1) 本件において、先行処分である本件許可処分が、①内容の基本性と総体性、②審査手続の厳格性と慎重性、③後続処分及び原子炉使用・運転に対する前提性、④内容の瑕疵の、後続処分及び原子炉使用・運転に対する承継可能性などの諸点から、原子炉利用の段階的安全規制の中でも原始的かつ中核的な手続であり、したがって、本件許可処分それ自体によって原告らの法律上の利益が必然的に侵害されるおそれのあることは、明らかであるが、このことは本件許可処分の後続処分の重要性をいささかも減ずるものではない。
(2) すなわち、設計及び工事方法の認可においては、原子炉の設置許可(処分)にかかる原子炉施設の基本設計を瑕疵のないものとして前提にしつつ、その具体化された設計(詳細設計)を審査し、かつ詳細設計にかかる施設の機器等が正常に作動し、基本設計上の機能が発揮されることを計数上の根拠をもって予測し、これらによって始めて原子炉の建設工事が可能となるものである。
また、使用前検査においては、物理的に完成した原子炉施設について実際の試験、検査を実施することを通じて設置許可や設計及び工事方法の認可にかかる原子炉施設の機能、性能等を追試し、これらによって始めて原子炉の使用が可能となるものである。
更に、保安規定の認可においては、原子炉設置者による原子炉施設の運転・管理が適正かつ安全になされるか否かを原子炉等による災害の防止という観点から審査し、これらによって始めて原子炉の運転が可能となるものである。
(3) 以上のとおり、本件許可処分の各後続処分は、それ自体独自の意義をもった独立の行政処分として、原告ら付近住民にとってはその利益侵害がより具体的、現実的となるような段階的過程にある行政処分であり、これら各後続処分自体が原告らの法律上の利益を侵害するおそれのあることが明らかである。そしてこの点は、各後続処分の根拠規定が原子炉設置許可基準の根拠規定(原子炉等規制法二四条一項)と同等(例えば、保安規定の認可基準を定める原子炉等規制法三七条二項は、「保安規定が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分で(あること)」と規定する)、あるいはこれを敷衍した(例えば、使用前検査の合格基準を定める原子炉等規制法二八条二項二号は、原子炉による災害を防止するための各種安全装置等が、所定の技術上の基準に適合することを使用前検査合格基準としている)規定を有していることからも窺われる。
(4) 被告は、本件訴訟の予防訴訟としての利益の存否に関し、「本件許可処分の後続処分である設計等の認可がなされても、それ自体によって原告らに損害が生ずるものではなく、原告らに損害が生ずる余地があるとすれば、それは原子炉設置者が現実に原子炉施設を設置して運転することによるものであって後続処分である設計等の認可を事前に防止しなければ原告らに損害が生じてしまうという関係にはない」旨を主張している。しかしこの主張は、原告らの利益侵害は後続処分をまたなければ確定することができないとする被告自身の主張と矛盾するのみならず、一般に行政処分の名宛人以外の第三者が当該処分の効力を争う場合には、当該第三者は当該処分「それ自体」によって利益侵害を受けるという構造にはなく、常に当該処分の名宛人の行為あるいは当該処分によって名宛人が得た法的地位が媒介となって当該第三者の利益侵害が発生することになることは自明であって、被告の主張のように解すべき法律上の根拠はなく、また、そのように解すると当該処分の名宛人以外の第三者が予防訴訟の形式で当該処分の効力を争うことがおよそ不可能とならざるをえなくなるから、いずれの観点からもかかる主張が成立する余地はない。
2 予防訴訟の利益の存在
予防訴訟としての無効確認訴訟が許容されるためには、後続処分によって損害を受けるおそれのあることが必要とされる。
これを本件について見れば、前記の各後続処分によって原告らが損害を受けるおそれがあること、したがって、これら後続処分を予防する利益が存在することは以下の諸点から明らかである。
(一) 後続処分による新たな危険の発生ないし既存の危険の拡大
(1) 被告は、①原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項は原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項に限られること、②原子炉施設自体の安全性に関係する事項であっても詳細設計や具体的運転管理に関する事項は設置許可に際しての安全審査の対象に含まれないこと、③原子炉施設の具体的な建設及び工事は、設計及び工事方法の認可を受けた詳細設計に基づいてなされること、④原子炉施設の建設及び工事が完了しても使用前検査に合格しなければこれを使用することはできないこと、⑤保安規定の認可を受けなければ原子炉を運転することはできないこと、などを主張する。
(2) 被告の右主張は、これらの事実から「本件許可処分によっては原告らの法律上の利益を侵害するおそれがない」との結論を導く点において根本的な誤りを犯していることは明らかであるが、原子炉の段階的安全規制において、現に運用されている各段階の審査内容の説明としては誤りではない(かかる審査制度や運用状況の当否は別問題である)。
この場合「それぞれの段階において、かつ、その全過程を通じて、所要の安全確保が図られている」ということは、同時に、それぞれの段階において各別に安全確保が図られねばならないような危険性の内在を意味することに留意すべきである。すなわち、原子炉の段階的安全規制において、各段階での審査対象や審査手続が異なるとすれば、それぞれの段階は原子炉設置許可に基本的に枠組みされつつも、これとは異なる質と量の危険性を内在させた過程であるといわねばならない。
(3) 例えば、原子炉施設の具体的な建設及び工事は、認可を受けた詳細設計に基づいてなされるとされ、この際の詳細設計とは原子炉施設・構造物の素材や各種機器、部品等の性能、品質をも含むものと解されるが、仮にこれらの詳細設計に瑕疵があり、これを看過して設計及び工事方法の認可が与えられたならば、その瑕疵は当該施設自体の瑕疵に直結することは多言を要しない。そしてこの場合の原子炉施設の瑕疵は、右設計及び工事方法の認可という後続処分によって生じた新たな危険ということができる。
また使用前検査・合格は、前記のとおり物理的に完成した原子炉施設について実際の試験や検査を実施するものであるから、その実施方法の適正を欠いて原子炉施設の機能等の評価を誤った場合、これが原子炉施設の事故に結びつく高度の危険性を有することは明らかである。
更に、保安規定は原子炉施設の具体的な運転管理方法等を定めるものであり、とりわけ事故時の対処にかかわる保安規定に不備、欠陥があったならば冷却材喪失や出力暴走等の大規模な原子炉事故を惹起しかねないことはスリーマイル島原子力発電所やチェルノブイリ原子力発電所の各事故の例からも明らかである(前記の原子炉等規制法三七条二項の規定はかかる観点からも理解される)。
(4) 以上のとおり、本件の各後続処分はいずれも本件許可処分に基本的に枠組みされつつも、これとは区別しうる新たな危険を発生させる可能性があり、そうでない場合でも原子炉設置許可自体に含まれている基本的な瑕疵を看過して、これを建設―使用―運転の過程を通じて更に拡大化、実現化させる可能性を有するものであるから、原告らにはこれら後続処分を予防する利益がある。
(二) 損害発生の現実化・具体化
(1) 原子炉の段階的安全規制とは、原子炉の設置許可を起点とし、原子炉の運転を到達点とするそこに至るまでの各段階的な行政手続と理解され、各段階を経ずに到達点に至るような短絡方法は存在しない。それは、観念的な原子炉が現実的な存在へと形成されていく連続的な過程である。
そしてこのことは、同時に原子炉設置許可という起点において孕まれていた瑕疵、すなわち、危険性が観念的なものから現実的なものへと発展していく過程でもある。
(2) 原子炉の危険性を理由として本件許可処分の無効を主張する原告らにとってかかる無効事由を帯びた設置許可が次の行政手続の段階へと進行し、当該原子炉の危険性が一層の現実性を有するに至ることは到底容認し難いことであり、これらの進行を阻止することには十分の利益と必要性があるといわねばならない。
すなわち、設計及び工事方法の認可がなければ原子炉施設の建設に着手しえず、使用前検査・合格と保安規定の認可がなければ原子炉を使用し、運転することはできないのであるが、これらの建設―使用―運転が原子炉設置許可に孕まれていた危険性を現実化し、これによって原告らの受ける損害も具体化していくことが明らかである以上、原告らには、より現実化し、具体化していく危険性、すなわち損害を予防する手段が与えられるべきである。
(3) 右の観点に立つ時、本件の各後続処分は原告らにとってこれを予防する利益のある後続処分となることは明らかである。
(三) 本件許可処分の基本性と後続処分の独自性
(1) 被告は、課税処分と滞納処分の例を引き、この場合においては後続処分たる滞納処分を受けること自体によって直ちに損害を受けるのに、本件では後続処分それ自体によって原告らに損害が生ずることはなく、したがって原告らは後続処分それ自体によって損害が生ずることはないから原告らは後続処分により損害を受けるおそれのある者の要件に該当しないと主張する。
(2) 右主張には、本件の各後続処分が本件許可処分との関係において、例えば右の課税処分に対する滞納処分の例とは異なり、独自の処分性ないし独立した別個の損害発生の可能性を有しないとの趣旨をも含んでいるかと推測される。
(3) しかしながら、滞納処分の独自性、独立性といっても先行処分たる課税処分の瑕疵が現実化するという点においては本件と何ら相違はない。少なくとも、無効確認訴訟の許容性という視点から論ずる場合、課税処分と全く異なる瑕疵が滞納処分の段階で新たに生ずるなどということはありえない。滞納処分を受けるおそれを理由として課税処分の無効確認を求めることは、すなわち、当該課税処分の瑕疵が滞納処分の形をとって現実化することを阻止せんとするものに他ならず、かかる構造は本件許可処分とその後続処分の関係においても全く同様である。
(4) 本件における各後続処分の独自性、独立性を否定するならば同旨の理由で滞納処分のおそれを理由に課税処分の無効確認を求めることもまた不許とせざるをえなくなるから、前記のような理解は失当であり、いずれにせよ、原告らの本件許可処分の各後続処分を予防する利益の存在は否定しえないものである。
三 行訴法三六条後段の該当性について
原告らは、次に述べるとおり行訴法三六条の「当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分又は裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」という要件をも充足するから、この点においても本件訴えの原告適格を有する。
1 行訴法三六条は、「当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分又は裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」につき、無効確認の訴えの原告適格を認めている。
原告らが、右要件のうちの前半、すなわち「当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」という要件に該当することは、前記第一本件許可処分の無効を求めるについての法律上の利益について、において述べたとおりである。
2 そこで、右要件の後半(同法三六条後段)について検討する。
いわゆる補充的無効確認訴訟(同条後段の「当該処分又は裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」に限り、補充的に認められる訴訟類型をいう。)に関して、最高裁判所昭和四五年一一月六日第二小法廷判決(民集二四巻一二号一七二一ページ)は、農地の買収処分無効確認の訴えにおいて、「当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないとは、処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟または民事訴訟によっては、本来、その処分のため被っている不利益を排除することができないことをいうのである。」旨を判示して、「処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」とは、当該「処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟または民事訴訟によっては、本来、その処分のため被っている不利益を排除することができないことをいう」と解し、行訴法三六条後段にいう「現在の法律関係に関する訴え」とは、「当該処分の無効を前提とする『当事者訴訟』または『民事訴訟』」を指すことを明らかにした。
したがって、右最高裁判決の立場によれば、結局、行訴法三六条後段の、当該「処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」という要件の該当性如何については、「当該処分の無効を前提とする当事者訴訟(行訴法四条)」又は「当該処分の無効を前提とする民事訴訟」、すなわち、「処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無」が争点となる「私法上の法律関係に関する訴訟(行訴法四五条。いわゆる争点訴訟と呼ばれるもの。)」の形態をとることができるかどうかだけが問題になり、それ以上の障害事由はない。
これを本件について見ると、原告らについては、本件許可処分の無効を前提とする当事者訴訟又は争点訴訟が考えられないことは明白であるから、本件訴えは行訴法三六条後段の要件をも充足していることは疑う余地がない。
3 ところで、被告は、本件被害発生に関しては、抗告訴訟は補充的なものであって、原子炉設置者である訴外動燃を相手方としている民事差止訴訟で十分目的を達しうるのだから、無効確認訴訟を認める必要はない旨を主張している。
右の主張を善解し、右民事差止訴訟をもって、行訴法三六条後段の「処分の存否又はその効力の有無を前提とする『現在の法律関係訴訟』」であるというのであれば、それは重大な誤りである。
すなわち、行訴法三六条後段の「現在の法律関係訴訟」とは、単に「現在の法律関係に関する訴え」であるだけでは足りず、同時に、「処分の無効等を前提とする」訴えでもなければならない。そして、この両要件をみたす民事訴訟を「争点訴訟」(行訴法四五条)と呼ぶことは前記のとおりである。
しかし、右民事差止訴訟は、「現在の法律関係に関する訴え」ではあっても、本件許可処分の「無効等を前提とする」訴えでありえないことは疑う余地がない。つまり、民事差止訴訟が行訴法三六条後段の「争点訴訟」でないことは明らかであるから、原告らについて、本件許可処分の無効を前提とする当事者訴訟又は争点訴訟が考えられないことは明白である。
4 最後に、行政訴訟と民事差止訴訟との関係について触れ、被告の前記主張が、失当であることを明らかにする。
すなわち、行政訴訟と民事差止訴訟とは、訴訟の対象、勝訴する場合の要件、勝訴した場合の効果がいずれも異なり、その訴訟の利点、欠点が異なっている。
特に、行政の判断過程や行政手続の統制という訴訟目的は、本件では特に重要であるところ、同目的は、行政訴訟になじむものであるが、民事訴訟によって同目的を有効に達しうるかどうかには疑問がある。
また、行政訴訟(抗告訴訟)の場合は行政処分を対象とするのに対し、民事訴訟の場合は隣人の権利侵害などを根拠にした、損害賠償請求訴訟とかあるいは差止め請求訴訟を起こすことになり、行政訴訟と民事訴訟は、それぞれ要件、効果を異にするので、それぞれ有用であって、いずれかを原則とし、他方を補充的とするような関係にはないはずである。したがって、抗告訴訟と民事差止訴訟は併用できるのであり、いずれかを禁止するならそれなりの明文の規定が必要である。
被告の主張に従えば、第三者に対する行政処分を争う抗告訴訟は認められないことになり、抗告訴訟の存在理由が大幅に減殺される不合理がある。したがって、要件をみたすかぎりいずれの訴えも許容すべきで、民事差止訴訟が許されるからといって抗告訴訟を許さないことは、原告の本来有する裁判を受ける権利を侵害することになろう。
それゆえ、原子炉設置許可処分により原子炉が設置・運転されることとなる土地の周辺住民が許可処分の際の安全審査が不十分であって処分が違法であり、生命・身体侵害に対する法的保護を受けられなかったと主張するのであれば、無効確認ないし取消訴訟によるべきであり、処分の無効ないし取消事由のみを主張していきなり設置工事の差止めを求める民事訴訟を提起することはできないが、安全性を欠く原子炉の操業によって生命・身体等に危険が生ずるというのであれば、人格権や環境権等に基づき原子炉設置工事及び操業の差止め等を求める民事差止訴訟を提起できることは当然である。すなわち、原子炉の安全性欠如に関し、処分の違法性(処分要件の存否)を争う場合は取消訴訟ないし無効確認訴訟によるべきであり、同訴訟においては人格権等の侵害は安全審査に当たり見落した瑕疵によってどのような被害がおこりうるかという面で審査に影響を及ぼしうるが、直接には審査の対象とならない。一方、人格権の侵害を争う場合は民事差止訴訟によるべきであり、同訴訟においては処分の違法性は、侵害行為の態様という面で審理に影響を及ぼすが直接の審理の対象とはならない。
以上のように、原子力発電による生命・健康等の被害を防止するため、原子炉の設置の許可に基づく発電者の行為を阻止するためには、前記二つの請求は、同じく生命・健康を守る目的で共通であっても、それぞれ要件・効果を異にするのであって、それぞれが有用であり、両方を併用することが必要且つ不可欠であるのである。
第四章 請求の原因に対する認否
別紙二記載のとおり
第三編 証拠<省略>
理由
第一本案前の申立について
被告は、本件無効確認の訴えは、原告らに(一)法律上保護された利益が不存在であり、また、(二)行訴法三六条の要件を欠如するものであるから、不適法として却下を免れない旨主張するので、まず、右本案前の申立について判断する。
一訴外動燃は、昭和五五年一二月一〇日被告に対して「もんじゅ」にかかる原子炉設置許可申請をなし、これに対し、被告は、昭和五八年五月二七日、本件許可処分をしたことは当事者間に争いがない。そして、本件審理の経過は、原告ら(当初は選定当事者により訴訟追行)が昭和六〇年九月二六日当裁判所に対し、同一訴状により、被告を相手方とする本件許可処分無効確認訴訟(行政訴訟)と訴外動燃を相手方とする原子炉施設の建設・運転差止請求訴訟(民事訴訟)を併合提起し、双方が併合審理されていたところ、昭和六二年二月二〇日の第四回口頭弁論期日において当裁判所が右併合事件から行政訴訟事件を分離したうえ、行政訴訟事件について審理を終結したものである。
二ところで、本件は、被告が訴外動燃に対し、昭和五八年五月二七日になした本件許可処分についての取消訴訟の出訴期間経過の後になって、原告らが、本件許可処分には重大かつ明白な瑕疵があると主張してその無効確認を訴求するものである。そこで、原告らの本件訴えの適法性について検討する。
本件許可処分の根拠法規である原子炉等規制法二四条一項四号は、専ら公共の安全という公益のみを保護することを目的とするものではなく、それとともに当該原子炉施設周辺住民の個別具体的な利益をも保護する目的を有するものと解しうるところから、原告らが、本件許可処分の取消しを求めるについて訴えの利益を有すると解する余地のあることは原告ら主張のとおりである。
しかしながら、進んで、原告らが本件許可処分の無効確認まで求めうる利益(原告適格)を有するか否かについては、当裁判所は、以下に述べるとおり、これを消極に解するのが相当であるから、本件訴えは不適法であって、却下を免れない、と判断する。
第二
一行訴法が、現在の法律関係に関する訴えであって形成訴訟である「取消訴訟」(同法三条二項)を抗告訴訟の原則的訴訟形態とし、過去の法律関係の確認訴訟である「無効等確認訴訟」(同法三条四項)をその例外的ないし補充的訴訟形態としていることは、同法の文理及び沿革に照らし明らかである。
そして、過去の法律関係の確認訴訟は、現存する紛争の直接かつ抜本的解決のために、最も適切かつ必要と認められる場合に限り例外的に許容されるという民事訴訟、行政訴訟を通じての一般原則にかんがみると、同法三六条が無効等確認訴訟の許容される要件を限定している趣旨も、民事訴訟における確認の利益と同様、①無効等確認訴訟によって保護される法的利益の存否及び②無効等確認訴訟という方法によることが他の争訟方法(訴訟類型)による場合に比して当事者間の紛争解決にとって有効かつ適切といえるか否かの見地から当該訴訟の訴えの利益の有無を判断するべきことを示しているものと解するのが相当である。そして、右の理は、同条全体の文言に照らしても、同条前段の「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」が無効等確認訴訟を提起する場合とそれ以外の場合とで特別の差異はないと解するのが相当である。
加えて、無効等確認訴訟は、ごく例外的に許容されるにすぎない後続処分の差止訴訟(いわゆる義務づけ訴訟)と同一の効果を既往の先行係争処分の表見的効力を排除するという形式を経由することにより実現するという実質を有するところから、その許容されるべき場合、ことに原告が当該処分ないし後続処分の名宛人でなく、当該処分ないし後続処分の本来の効果としては原告に何らの権利利益の剥奪も義務の賦課もないときにおける、その保護されるべき法律利益の程度、方法選択の適否の点の判断は、慎重に考慮されなければならない。
二そこで検討するに、本件で、原告らの主張するところは、要するに、訴外動燃が設置しようとする高速増殖炉及びその付属施設(原子炉等規制法二三条二項五号参照。)は、危険であって、これが設置・運転されると本件原子炉施設から放出される放射性物質等によって、その周辺に居住する原告らの生命・身体・財産等に被害が発生するものであって、これを看過してなされた本件許可処分は無効であるというものであるところ、原告らにとって、本件訴えに比して、より有効かつ適切といえる方法として、次に述べるとおり、本件原子炉施設の設置者である訴外動燃に対し、右原子炉の建設ないし運転の差止めを求める民事訴訟を考えることができる。
1 本件許可処分の根拠法令である原子炉等規制法は、同法一条に明示されているとおり、原子力基本法の精神にのっとり、主として、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用における必要な規制を行うことを目的として、基本法一四条に基づいて制定されたものであるから、原子炉等規制法の定める規制は、原子力の研究、開発及び利用に固有の事項を対象とするものというべきである。
したがって、右原子力の利用等に固有の事項でないもの、例えば、原子炉施設から排出される温排水の熱的影響(火力発電所においても同様に生ずる事項であることは、明らかである。)については、本件許可処分の審査の対象として同法が予定するものではない。
2 また、原子炉等規制法は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用について各種分野に区分し、それぞれの分野の特質に応じて、それぞれの分野ごとに一連の所要の安全規制を行うという体系により構成されている。
すなわち、同法は、その規制の対象を、①製錬事業(第二章)、②加工事業(第三章)、③原子炉の設置、運転等(第四章)、④再処理事業(第五章)、⑤核燃料物質等の使用等(第六章)、⑥国際規制物資の使用(第六章の二)に区分して、これらについて各別に一連の規制を行い、これによって、同法一条所定の目的を達成しようとしているものであって、同法の右体系に照らせば、原子炉の設置に関する規制(同法第四章)は、右の他の分野の規制までもその対象とするものではなく、原子炉設置許可に際して安全審査の対象となる事項は、原子炉の設置、運転等に直接関係する事項に限定されるというべきである。
したがって、原子炉の設置、運転等に直接関係しない事項、例えば、使用済燃料の再処理及び運搬の安全性等は、原則として、本件許可処分に際しての審査の対象となるものではなく、原子炉等規制法の体系上、使用済燃料が原子炉施設にとどまり右施設との関わりを持っている場合を除いては、別個の法規制の対象となるのであり、例えば、使用済燃料の再処理については同法第五章の、運搬については同法第六章(特に、五九条、五九条ノ二)の規制を受けるにすぎないと解すべきである。
3 更に、原子炉等規制法は、本件原子炉施設の運転に至るまで、原子炉設置の許可のほかに、主務大臣である内閣総理大臣によって①詳細な設計及び工事の方法についての認可(同法二七条)、②(a)原子炉運転開始のための使用前検査(同法二八条)、(b)保安規定に対する認可(同法三七条)をそれぞれ受けなければならず、また、運転開始後も③主務大臣による定期検査(同法二九条)を受けなければならないとして、必要な一連の規制を段階的に定めている。
右段階的規制に照らすと、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象とする事項は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に関わる事項に限定されるというべきである。
したがって、原子炉施設の基本設計の内容でないことが明らかな事項、例えば、国や県の行う防災対策は、本件許可処分に際して審査の対象となるものではない。また、原子炉の廃炉、解体については、原子炉等規制法上、原子炉設置許可に際しての規制とは別に、同法三八条、六五条、六六条等によって、規制されることが明らかであるから、これも本件許可処分に際しての安全審査の対象となるものではない。
4 以上のように、被告のする本件許可処分は、原子炉施設の安全確保に関連する機能全体からは、きわめて限定された役割を果たしているにすぎず、本件許可処分の無効確認を求める本件訴訟においてもその審理の対象となる事項も前記の制約を受け、原子炉施設に特有の事項であって、原子炉施設の基本設計ないし基本設計方針にかかる安全性に関する事項に限られることになる。
なお、この点について、原告らは、原子炉設置許可処分においては、「核燃料の生産、原子炉の運転、発電、運転平常時の放射線漏れ、温排水の排出拡散、事故時の防災、廃棄物の処理・使用済燃料の再処理、廃炉」という「核燃料サイクル全体」についての安全性を審査の対象とするべきであり、また、行政訴訟の審理の対象とするべきである旨を主張するが、右主張は、立法論としてはともかく、解釈論としては、前示の原子炉等規制法の体系・構造に照らして、相当ではないといわざるをえない。
5 これに対し、訴外動燃に対する民事訴訟は、本件原子炉施設の設置者であり、本来、その安全性について周辺住民に対し全面的かつ第一次的責任を負う訴外動燃を相手方として(原子炉等規制法による規制は、内閣総理大臣等において右設置者の行動に制約を加えて公共の安全確保を図ろうとするものであるが、これによって、設置者の民事上の責任を免除ないし軽減したり肩代りするものではない。)、本件原子炉施設の建設・運転によって、原告らに生命・身体・財産等の被害発生の蓋然性があるか否かを直接の争点とするものであり、直截かつ実効的な訴訟形式であって本件紛争の抜本的解決のための有効かつ適切な手段というべきである(この民事訴訟においては、右被害発生の蓋然性判断に必要な限度において、原子炉施設に特有の事項であって、原子炉施設の基本設計ないし基本設計方針にかかる安全性に関する事項以外についても審理判断の対象となりうることになる。)。しかして、本件のごとき事案は、無効確認の訴えにより当該処分につき手続事項を含めてその処分の違法性自体を確定してそれを基点として展開した法律関係を覆滅するのでなければ、現存する紛争の直接かつ抜本的な解決をはかることができない類型のものとはいえない。
三しかも、本件においては、本訴と同一訴状において本訴と併合を求めて提起された訴外動燃に対する民事訴訟が、正に本件原子炉施設の建設・運転の差止めを求めているのである。のみならず、右民事訴訟において、原告らが実際に主張する差止めを求める理由が、本件許可処分の無効を理由とし、又はその前提としているものであることは記録上明らかである。
四以上のとおり、他に民事上の有効かつ適切な保護手段があり、しかも、その保護手段を現実のものとして行使している本件原告らには、前記の例外的・補充的性格を持つ無効等確認訴訟を求めるべき利益はないというべきである。
五原告らは、この点につき、行訴法三六条後段にいう「訴え」は同法四五条一項の訴訟類型に限られるなどと縷説する。
しかしながら、もし原告らのような解釈をとるならば、①原告らが処分の名宛人であるような場合、例えば、処分の内容が右処分により原告らに何らかの受忍義務が生じ、いわば私法上の差止請求権が収用されたというような場合には、その差止請求権収用の効力の無効を前提とする私法上の差止請求の訴えなど現在の法律関係の訴えを提起することによって原告らの目的を達しうるから特段の事情がない限り、当該処分の無効確認訴訟は不適法となる(同法四五条一項、三六条後段参照。)。②他方、原告らを名宛人とする右のような処分がなされず、原告らに対し直接には右のような収用の効力を持たないと解すべき、本件許可処分のごとき処分がなされた場合には、①とは逆に、原告らは、その名宛人でないにもかかわらず、その処分の無効確認を訴求できる一方、私法上の差止訴訟の提起も許容されるという結果にならざるを得ない。しかし、右は、それ自体不権衡というべきであるのみならず、また、無効確認訴訟と他の訴訟方法との間における方法選択の適否といった観点からも合理性を欠き、公平を期すべき救済手段として平仄の合わないこと多言を要しないというべきである。
結局、原告らの右主張は、当裁判所の採用するところではない。
六なお、原告らは、無効確認訴訟につき講学上それが予防訴訟的機能を有するとされていることを根拠として本件の原告適格を根拠づけようともするが、右の主張も、確認訴訟という訴訟類型が一般には紛争の予防的機能を有するとの点は首肯できても、そのことから直ちに本件の原告適格を肯定すべき根拠とはなり得ないことが明らかであり、また、原告らの右主張するところが、もし何らかの後続処分が存するときはこれを差し止めるため先行処分の無効確認訴訟は一般に許容されて然るべきであるというのであれば、後続処分も一個の行政処分である以上、本来事前にその後続処分の発動を差し止めるような訴訟は、無名抗告訴訟としてであれ、原則的に許されない点に徴しても、右は当裁判所の採用しうるところではない。
原告らの引用する最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第九四号、昭和五一年四月二七日第三小法廷判決(民集三〇巻三号三八四頁)も課税処分について当該処分の名宛人たる原告の原告適格に関する事実である等、事案を異にし、本件に適切ではない。
第三
一以上に加えて、当裁判所は、次のとおり、原告らは行訴法三六条前段にいう「後続処分により損害を受ける者」に該当しないと判断する。
二この点につき、被告は、原告らは本件許可処分によっても、また、後続処分によっても、その直接の効果としてその権利を剥奪されたり義務を課せられたりすることはなく、原子炉の操業という「処分」とは別個の事実行為により損害が生ずる余地があるのにすぎず、後続処分「による」損害はない旨主張する。しかしながら、原告らが、後続処分そのものの効果としてその権利を剥奪され、又は義務を賦課されるという関係になくても、後続処分に際し原告らの個別具体的な利益がその処分要件中に考慮されているときには、当該原告らは後続処分「による損害を受ける者」にあたるというべきであるから、この点についての被告の主張は失当である。
三そこで、進んで、右の点につき考察するに、原子炉等規制法上、本件許可処分の後続処分と目されうるものをみると、①同法二七条の認可(具体的な設計及び工事の方法についての内閣総理大臣の認可)、②同法二八条の検査(内閣総理大臣の使用前検査)、③同法三七条の認可(保安規定に対する内閣総理大臣の認可)等がある。
しかし、右①及び②の処分は、本件許可処分がされたことを前提にしたうえで、(イ)設置許可の際審査された原子炉施設にかかる安全性への配慮を含む基本的設計を基に、更に具体的な設計及び工事方法が工事着手前になされているか、また、(ロ)そのような設計に従った工事等が現実に行われたかを審査するという、いわば本件許可処分に付随する処分であると解され(このことは、右①及び②の処分にあっては本件許可処分のような厳格な手続、例えば同法二四条二項のような手続が法定されていないこと及びその処分要件に徴し明らかである。)、もとより右各処分とも、それ自体原告らの権利利益を剥奪し、又は原告らに何らかの義務を課すべきものとはいえず、また、これら処分要件中に原告らの個別具体的利益を考慮すべきものと解すべき何らの規定もなく、結局、右①及び②の各処分による原告らの損害を論ずる余地はこれを見出し難いというほかはない。
四更に、右③の処分については、その内容(規制対象)は、原子炉施設の基本設計にかかる原子炉の構造等自体の安全性、原子炉設置者の設置・運用能力などを審査する本件許可処分ないしこれに続く前記①及び②の処分とは異なり、右のような審査を経て完成し、供用しうる状態となった原子炉の運転細目にかかわる保安規定の認可であり、そして右③の処分を申請できる者は、原子炉等規制法二三条一項の許可を受けた者に限られるとされており(同法二三条の二第一項、三七条一項参照。)、右によれば、保安規定自体当該原子炉設備がその安全性を含む同法二四条一項各号の要件を具備していることを当然の前提として定められていることは明らかである。
ところで、同法三七条二項は「保安規定が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分でないと認めるときは、前項の認可をしてはならない。」旨規定し、同法二四条一項四号のそれと類似する文言形式を用いている。しかしながら、これが直ちに周辺住民の個別具体的な利益を処分要件として考慮した規定であると解すべきか否かは更に吟味検討されなければならない。
しかして、同法二四条一項四号の規定が前記のごとく公益のみを保護することを目的とするものではなく周辺住民の個別具体的利益をも保護することを目的とすると解釈できる余地があることは前示のとおりではあるものの、右の根拠は、その文理上一義的に明らかなものではなく、右が積極に解しうる根拠は、原子炉設置許可処分は同法による原子炉の設置、運転等に関する一連の規制中の冒頭に位置しており、原子力委員会及び原子力安全委員会の意見を聴いてこれを尊重しなければならないとするなど、最も厳格な手続と要件を有する基本的かつ中心的な規制であること及び原子炉設置許可がされれば、後続の手続は、右許可にかかる原子炉施設の基本設計には瑕疵がなく、これに基因する災害のおそれはないものとして進められ、右基本設計にのっとった詳細設計、工事、運転等がされる限りにおいては、それ自体に個別の瑕疵(基本設計の瑕疵に比べて相対的に重要性は低いとみられる。)が発見されない限り後続の手続においても認可、合格等の処分がされることが予定されていることといった、原子炉設置許可処分がこれら一連の手続中において占める位置とこれによって生ずべき後続処分に及ぼす影響という実質上の配慮に求められるということができる。
他方、同法三七条二項の認可処分については、原子炉設置許可処分の場合と異なり、原子力委員会、原子力安全委員会の意見を聴かなければならない等の厳格な手続要件が定められていないうえ、かえって、同法二四条一項四号の要件審査を受けこれを具備していることを当然の前提としていること、保安規定の内容として同法三七条一項所定の主務省令の定めるところ、更に同法三七条四項は原子炉設置者及びその従業員に対し保安規定の遵守を義務づける旨の内部規定を設けている点など、両者の手続の厳格性に対する軽重、規定の性格、相対的な内容の重要性等を対比考察すると、同法が前記③の処分(保安規定に対する内閣総理大臣の認可)にあたり原告らの個別具体的利益までもこれを保護する趣旨であると解するのは飛躍があり、にわかに首肯できない。もとより、右③の処分自体が原告らを名宛人としてその権利利益を剥奪し義務を課すような内容をその効果としていないことも明らかであり、そうすると、右③の処分そのものによる原告らの損害を肯定するに由ないものとしなければならない。
五その他原告らが本件許可処分の後続処分によって何らかの「損害」を被ると認むべき事情はなく、したがって、原告らは未だ行訴法三六条前段にいう後続処分により損害を受ける者にあたらないというべきである。
第四結論
以上の次第であって、原告らの本件訴えは、訴えの利益を欠き、不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官横山義夫 裁判官白石哲 裁判官園部秀穗は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官横山義夫)
別紙一、二<省略>